日航123便墜落の真相を明らかにする会発足のお知らせ

同じ8月12日、日航123便として墜落する同じジャンボのJA8119機に、福岡から羽田まで乗っていた山下元運輸相は、いったい、何を伝えたかったのか。

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これらを客観的に分析せず、35年間も(当時)が出した推定のままの結論を鵜呑みにして放置し、520名というとてつもない死亡者数に対する責任を誰も取らずに不起訴となった事実は、誰もが重く受け止めなければなりません。

卑怯な書き込みは一切許さない 青山透子 今日は特別書きます

いくら彼女が信じがたいほど優秀な方だとしても、一個人の力ではここまで広がらなかっただろうと思う。 青山さんは私らと一緒に考えてくれて、自費で研究機関や弁護士を紹介してくれているのです。 青山さんや遺族の皆さんは、情報公開法を骨抜きにする日本政府に憤慨しながらも、アメリカへの公文書開示請求、在日米軍への情報開示請求を継続して行っている。

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もし、墜落現場付近でこの4人が発見されたら、特殊部隊にガソリンをかけられ生きたまま焼かれていたかもしれない。 まず1985年のは背景として日米貿易摩擦問題があり、日航123便事件翌月のプラザ合意もあってそれに絡めて米軍にやられた、という事件かという見方もあろうが、その結果として日本が対米追従している現状を見れば、弱みを握られたのが日本側であるのは事実だ。

青山透子著『日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす』より(8) : あちたりこちたり

この内訳ははっきりしないが、航空自衛隊員が大半を占めていることは誰にでも想像がつく。 この物体は、自衛隊が使っていた敵機に見立てた無人機である可能性が高いとされている。

この公式サイトでは、以前からお話しています通り、私をサポートしてくれているボランティアの皆さん、弁護士の皆さん、学友、そして数々の証言をしてくれているご遺族や一般の方々と共に運営しております。

[B!] 日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす 青山透子による決定版!

「あの出来事が事故ではなく事件なのだ、ということがなかば常識のようになった時、署名と同じような効果をもたらすのではないかと思います。 「死ぬときは殺された員を含む530名分の苦痛を飯の種にした呵責で苦しむでしょう」という文章は、十分に脅迫文にとなりうる。

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その後、当時のことを思い返すたびに、「あれはおかしい」、「どうしてこういわれたのか」ということに気づき、それをいろいろな報道の方々に伝えたのですが、自分が一番言いたい部分は残念ながら世間に伝わりませんでした。

公式サイトをお読み頂いた皆様へ 青山透子より

中曽根康弘が墓場に持って行く秘密とは、いったい何なのか? 青山透子の現地調査と証言採集から、123便を、追うようにオレンジ色の物体が追尾していたという証言が得られている。 唯一残された選択肢は、日銀がドルを外貨準備金として、財務省証券の形で保持することだけだった。

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そこで、かまどを作り直したのですが、着火剤なども見当たらず、いったん不貞寝 ふてね することにします。 先遣自衛隊に発見された機体後部の生存者は、その場で火炎放射器によって激しく焼かれて殺害された。

青山透子著『日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす』より(8) : あちたりこちたり

世界でもこんなことはないと思います。 の遺体安置所で身元不明の遺体を手に取り、これは夫のものか、あれはどうかと探し回る日々を4か月も続けておりました。

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中曽根も今頃地獄で同じ目に遭ってるといいな。 なぜか急に気になって仕方なくなってしまったのは、4~5年前のこと。

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こうした無数の状況証拠を、現場の一人一人から聴き取り、学術的にまとめたのが、青山透子著の『日航123便墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』だ。 記憶違いじゃないのとはぐらかされた。

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私自身が山の中に寝泊まりしているわけで、飛行機が山に落ちてくると言われれば、外に出て夜空を眺めながら不安な気持ちでいっぱいになりました。

日航機123便について書いている青山透子というのは実在しない架空人物。青山透子という架空の存在を作りだし責任を自衛隊に押し付けた黒幕はアメリカCIA+イルミナティ。

青山透子さんは、この『日航123便墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る 』を出版して大丈夫だったのだろうか? 真実を知りたくて、自ら掘り下げて調べることは誰にでもある行動です。

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乗客を最後まで生き残すよう、職務を全うして殉職した客室乗務員の遺族と私ら乗客の遺族が共に真相究明することに、大きな意義があると思います。